ayako tsuboyaのブログ
by book-tokyo
engawa
2008年、とりとめなく続く毎日に、こどもの視線や息づかいが加わりました。
そこに在ることをどのように見出すかによって環境や認識、はたまた自分自身と生き物の在りようが変化する。その在りように、どう向かいあいましょう。
アート&デザインwithサイエンスの日々のメモ。

暖かい新聞紙の様なノートを縁側に敷きました。旅するみなさま、しばし腰を降ろしていってくださいまし。


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カテゴリ:in art in science( 38 )
クラウド、というひびき
アップルが、「.Macサービス」を「MobileMe」と命名変更した時に、ふと気がづくとiDiskやWebメール、様々なサービスを提供する概念を「クラウド」と呼称していました。確かに.Macサービス時代からそれらはクラウド・コンピューティングを提供していると言えたので、この機会にはっきりと言ってしまおうというアップルらしい呼称です。
コンピュータ、インターネットの概念に詳しい知人と話しているうちに、彼が注目しているもののひとつに「クラウド・コンピューティング」があると聞いて、改めて「雲」がただよい始めました。あまりにも多岐に渡る概念なのでつかみ所がありませんが、SaaS(Software as a Serviceの略、サース)などはライセンスやパッケージでのソフトウエア購入恐怖(?)のユーザ、管理者には魅力的なサービスなのではないかと思われます。インターネットの世界は玉石混合。限りなく可能性の広がる世界であると同時に未知である怖さも併せ持っています。ゆっくりと、繋がり合った様々な方向から眺めつつ興味を持って関わってゆきたいものです。iPhoneのAppStoreの命名も気になるところ。
by book-tokyo | 2009-01-18 01:31 | in art in science
子ども講座・広がる可能性
21日、町田市立国際版画美術館にてあった「子ども講座」無事に終了しました。「しぜんのかたちをみつけて、みよう」という恐れ多いタイトルで、果たしてどうなることやらではあったのですが、子どもたちの柔らかい想像力は怖いもの知らずだと実感した時間でした。これを小さなきっかけにして、日常的にみかける自然の見え方がより豊かなものになってくれたら良いなと願っています。
今回は、自然観察=実物の写生や模写から始まる美術教育の枠から少しはずれて、目に見えるモノのかたちを自由に解釈してみるという、6,7歳にしてすでにちょっぴり既成観念に捕らわれ始めた脳の柔軟体操をしてみました。モチーフはそれぞれが拾ってきたもの。スキャンニングしてから拡大出力したものを、トレーシングペーパーを重ねてなぞります。「葉っぱ」というと葉縁のかたちと葉脈が目に入りますが、なぞってゆくと細かくなった葉脈にもさまざまなかたちや方向、規則性があります。葉縁も、一見ただギザギザしているように見えますが、多くの葉は葉脈や基部と関連したかたち、規則性を持っています。トレペにペンやマジック、色鉛筆、ボールペンや鉛筆といった自由な画材でなぞってゆく作業は、自由自在に白い紙に描く作業と比べると地味で忍耐力のある作業。当初、しばらくの間のりが悪かった子どもたちも、お互いのアイデアを目の端で眺めながらだんだんと楽しみ方を発見していって、お終いには夢中になって声をかけても顔もあげない子もいました。短い時間の中で、「しぜんのかたち」について認識したり、発見があったりするところまで一緒にゆくことはなかなか難しいことではありますが、自然のものには属性を離れた「かたち」が在ることを感覚に記憶してくれたかなぁと、十人十色の出来上がったノート(トレースしたものを、さらに折りたたんでノートにしました)を見て思いました。楽しかった!

最後に、折りたたんで折り本状態にして改めてみると、葉縁も葉脈もさらにただの線、空間をわける線になっていって面白いのです。ぜひ一度体験してみてください。
また機会がいただけそうなので、次回はもう一歩具体的にモノから浮かび出た「かたち」について考えてみたいと思います。参加してくれた小学生のみなさん、最後まで話を聞いてくださった家族のみなさま、お手伝いしてくださった院生の勝山さん、そしてこの講座の産みの親、周到な準備と進行で大変お世話になった版画美術館の上村さんありがとうございました。
↓さいごにみんなのノートをみんなで観ました。d0020310_031321.jpg
by book-tokyo | 2008-06-26 00:03 | in art in science
町田市国際版画美術館・子ども講座のお知らせ
きたる6月21日(土曜日)に、東京の町田市立国際版画美術館の主催する子ども講座1の講師を担当することになりました。
タイトル「しぜんをみつけて、みてみよう」として、参加者のみなさんと一緒に自然観察から造形創作の入り口を探してみようと考えています。対象は小学生のみなさんなのですが、私自身が興味を持っている事柄を、ちびっ子さんたちとどんな風に旅することができるかどうか思案中。
今回は、葉や樹枝のかたちを子細に観察する方法を提案します。例えば造形教育に触れたことのある人は、デッサンで対象物を把握する方法を身につける訓練を知っていると思うのですが、幼いひとには、時に退屈な試練でもあります。対象物や空間を認識して把握する前に嫌になってしまってはつまらないのに・・まぁ、把握できるようになったらそれは素敵な世界が見えてくるとも言えるかもしれませんが・・ともかく、まずはかたちの面白さ、何だろうと考えてみるきっかけを作りたいと考えています。それから、ちょっと私がひとりかけっこするかもしれませんが、自然のルールや形のリズムを探し出せたら素敵です。
どうなることやら。当面のライフワークになりそうです。
参加予定のみなさま、お目に掛かれることを楽しみにしています!
町田市国際版画美術館おしらせ
http://www.city.machida.tokyo.jp/kids/event/hanga_ibe/index.html
book-tokyo.com 子ども講座のお知らせ
http://www.book-tokyo.com/htdocs/rooni/Kodomo-Top.htmld0020310_23452728.jpg
by book-tokyo | 2008-06-04 23:29 | in art in science
TENORI-ON いよいよ日本でも
今夜、行って参りました。諦めかけていたTENORI-ONのラウンチイベント、ほんの少しでしたがデモで遊んで、演奏を見ることができました。
TENORI-ONというのは以前のブログにも書いたのですが、YAMAHAとアーティストの岩井俊雄氏が共同で開発した、シーケンサー(新しい楽器の概念?)です。
To Rococo Rotというドイツの3人組がTENORI-ONと遊ぶように演奏しているのを見て(聴いて)、それから岩井俊雄氏のTENORI-ON発売までのプレゼンテーションがありました。発売というのは・・、U.K.先行だったのですが、ようやく5月12日に日本でも発売されるそうです。岩井氏が大学生の頃からアイデアを発展させて続けて20数年経っていると聞いて驚いたものの、丁寧に、そして判りやすい言葉でプレゼンテーションする岩井さん本人の静かな興奮が伝わってきて感動しました。思えば、私も切れ切れに岩井さんの作品を追ってきていた・・・。
このシーケンサーは、ミュージシャンが使うより、画家や工芸家(特に織など)が使うと面白い音楽が生まれるように思います。ビジュアル的に、4×4のマス目の中におかれた○(リズム)の面白さや、音やリズムが光でも表現される事がこの楽器の特徴で、それはPCや、キーボードなど従来の楽器と一緒に人間が立って何かをしていて(笑)、スピーカーから音が出てくるようなスタイルとは異なる表現のポテンシャルを持っている・・・岩井さんが例えたのは「テルミン」。楽器のかたち、演奏スタイル、そして見えない音が、いづれの楽器とも違うユニークなことを目指しているように感じました
。そこが、ミュージシャンというよりもアーティストとして開発に夢中になった理由なのかな。勝手にそう思いました。
あれこれ書きましたが、TENORI-ONのリズム作りの根底には、スティーヴ・ライヒやフィリップ・グラスなどのミニマルミュージックに見られる単純な反復のリズムが心地よく感じる(あるいは単に気になる)時の、感覚の生理?に似たものがあるのではと、ますます興味が湧いてきました。
「手回しオルガンの楽譜(紙に穴が開いています)を、逆さまに装置へ差し込んでみると、美しいと感じた曲は逆さまに演奏しても美しいと感じた。(まるで異なる曲に聞こえるけれど)一体なんなのか?」これがTENORI-ONが生まれる最初のきっかけだそうです。
(そう、バランスがとれている穴の配列は、逆さまにしてもバランスがとれている、という発見だったのでしょう!)
by book-tokyo | 2008-04-26 01:07 | in art in science
TENORI-ON
TENORI-ON

「メディアアーティスト岩井俊雄とヤマハが6年の歳月をかけて開発した光と音を同時に演奏できる21世紀のインターフェース」TENORI-ON。
なかなか日本では発売予定が告知されません。
U.K.ではオンラインショップでも購入できる様子なのですが、どうしてなのでしょう。
早く触ってみたいなぁと、楽しみにしているのですが・・・。

Tenori-on World Launch Tour
http://www.yamaha.co.jp/tenori-on/event/index.html


それにしても岩井俊雄さん、3月12日のフランクフルトをはじめ、ベルリン、パリモントリオール...次々とツアーをこなされる様子。東京では4月25日に開催されるそうです。


 日程:2008年4月25日(金) 17:00〜22:00
 会場:スパイラルホール
    東京都港区南青山5-6-23 スパイラルビル3階
 入場:無料(申し込み必要)


行きたい!
こんな時にかぎって、交替要員が海外滞在予定のため無理・・・。
案外、スイレンはぐっすり眠ってしまいそう・・・なんて、さすがに生後3ヶ月の子は入場お断りと言われてしまいそうです。
残念です。
 
by book-tokyo | 2008-03-29 14:24 | in art in science
Puddle play junkies/CHAOSMOS展
ユニークな活動をされているアーティスト冨岡雅寛さんの個展情報です。
Web上から作品=カオスを引き起こすマシン(私的解釈)の演奏をリクエストもできます。
展覧会とWebサイトがリンクしている、しかもライブ映像も見られる個人作家の展示はありそうで少ないのでは。(展示作品の準備と並行してWebサイト制作できるのは理想的ですが、実際には綿密な準備が必要なのだと思う。)

様々な「流れ」を利用した現象を視覚的に楽しめる体験型の作品や、パフォーマンスは、実際に観て体験しなければ想像できない世界観。
お奨めです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[Puddle play junkies/CHAOSMOS]Exhibition by CHAOSMOS/TOMIOKA Masahiro
会場:art space kimura ASK? 
   http://www2.kb2-unet.ocn.ne.jp/ask/default.htm
   104-0031 東京都中央区京橋3-6-5 木邑ビル2F 
   Tel 03-5524-0771/ Fax 03-5524-0772
   
会期:
12日〜16日:展示11:30〜19:00(最終日15:00まで)
11日:ライブパフォーマンス 15:00 - 16:00 原田淳+三部元+米本実 倉持勇紀
アーティストトークCHAOSMOS/冨岡雅寛+米本実

パフォーマンス及び会期中展示されているカオスモスマシンの様子を
インターネットライブ配信いたします。

動かすカオスモスマシンのリクエストを受け付けます。
ご希望のマシンをご希望の日時に動かします。

ライブ視聴・リクエストはこちらのページ
http://www.chaosmos.from.tv/ch/
からできます。
by book-tokyo | 2008-02-12 11:25 | in art in science
ガムラン音楽体験講座のお知らせ
NPO法人ISTA主催のワークショップお知らせです。
実は、23日(明後日!)なので、急ですがとても面白そうです。

インドネシアの民族音楽ガムラン音楽をただ聴く(ただで聴く)だけでなく、実際に楽器に触って、音をだして、さらに楽員といっしょに即興で演奏できるまでに指導してくれるそうです。ジャワの古典舞踊あり、歌あり、です。

埼玉の朝霞ではありますが、演奏会だけでなく楽器を触れる機会はなかなかないため、興味のある方は是非!

「ガムラン音楽を聴いてみよう!演奏を体験してみよう!」
12月23日(日)

朝霞市中央公民館3Fホール

http://www.enjoytokyo.jp/OD003Detail.html?SPOT_ID=l_00010693
午後2時〜3時
入場料無料
演奏&指導 ガムラングループ・ランバンサリ楽団
ガムラングループ・ランバンサリ楽団
http://www.lambangsari.com

ジャワ古典舞踊
小島夕季
http://www.h5.dion.ne.jp/~melati/


詳細は下記チラシPDFデータ
チラシ表面
http://www.npo-ista.org/omote_3.pdf
チラシ裏面
http://www.npo-ista.org/ura_3.pdf
by book-tokyo | 2007-12-21 11:17 | in art in science
書けるひと、書けないひと(ちょっとした羨望)
コンピューターアート展カタログ巻頭に書かれた「コンピュータ・アートの今日的展開」と題した久保田 晃弘氏のエッセイは、そういった過去のコンピュータ・アートの再定義をしていて面白い。長くなりますが引用しておきます。
「コンピュータの登場に引き続いて1960年代の初頭の誕生した、プログラム言語を主たる手段として芸術作品を生成する「コンピュータ・アート」も、今では「ソフトウェア・アート」と総称される、より広い創作領域によって再定義されるまでに成長した。ソフトウェアを芸術表現のために(独自の方法やスキルを必要とする)ユニークでダイナミックなメディアとして用いるソフトウェア・アートを、メディア芸術の世界で最初に定義したのは、2001年にベルリンで開催された、アートとデジタル文化のための「トランスメディアーレ」フェスティヴァルであった。
そこではソフトウェア・アートが以下のように定義されている。
「One definition suggested for Software Art is that it encompasses projects in which self-written algorithmic computer software - stand-alone programs or script-based applications - is not merely a functional tool but in itself an artistic creation.」

この定義の第一ポイントは「 self-written algorithmic computer software」という一節にある。「アルゴリズムを自分で書く」というその行為は、今回の展覧会における60年代のアルゴリズミック・アートのパイオニアたちのアプローチと直接的につながっている。さらに最後の「artistic creation」という宣言によって、ソフトウェアが(科学的にではなく)芸術的であることの意味を再検討する必要性を提示する。」

ここで、コンピュータ・アートの過去の定義(?)は、ソフトウェア・アートと総称されて広がり、「ソフトウェアを芸術表現のための(独自の方法やスキルを必要とする)ユニークでダイナミックなメディアとして用いる」と述べられている。多くのアルゴリズム(つまりプログラム)を自ら書けないアート系の、でもこの新しいメディアに興味津々の人にとっては、でも、やっぱり「アルゴリズムを自分で書く」のは基本だということにぶつかるんです(笑)

永原康史さんも講演会のなかで、まったく書けなかった学生が、たらりのらりと半年勉強して日常会話程度はできるようになりましたとおっしゃっていました。
助手をしていた頃に、授業で知った「LOGO」や、知り合いに教えてもらった「DBN(Design by Numbers)」、「Processing」などは、確かにささやかながらプログラムが動く喜びや愉しみに夢中になれる。
おいっちにさんし〜、頭の体操かもしれません。

最後に久保田さん文中孫引用
「科学はコンピュータで説明できるくらい私たちが良く理解していることであり、芸術はそれ以外のすべて」だと語る(米スタンフォード大学コンピュータプログラミング芸術名誉教授ドナルド・クヌース『コンピュータ科学者がめったに語らないこと』)

芸術と科学の境界も常に流動的であり続ける、私たちの意識も、流動的な境界と共に流動的なのだ。少々はじけました。
by book-tokyo | 2006-12-27 23:34 | in art in science
コンピュータアート展
12月17日まで開催中だった、「コンピュータ・アートの軌跡と展望〜現代アルゴリズム・アートの先駆者・現代作家の作品・思想・〜展」
多摩美術大学美術館(多摩センター)に観に行ってきました。
展覧会を観れたのは時間の都合2回ですが、講演会(参加費無料と書いてある)に参加するたびに、入館料300円を払わされて、すでに1000円以上を支払っている。なんだか腑に落ちないという感想(愚痴です。笑)
というのは冗談でして、展覧会はとてもおもしろかった。少なくとも私にとっては。コンピュータ・アートはずばり今や充電中・模索期間なのではないか。それこそ「消えてゆくもの」を次世代に繋げるための記録的な展示だったのではという印象があります。最先端のアルゴリズムを求めて、カオス的な人体への旅に出たような(lost a way)。とはいえ昔の作品を同時代に見ていない私たち以下の世代にとっては、実物を見られるのは貴重な機会だったと思います。70年代にプロットアウトされた紙の作品や、刊行された雑誌や書籍の美しさ、様々な実験的な作品は今見ても非常に新鮮だと感じられました。紙とボールペン。

展覧会カタログ文中や、展覧意図にも書かれているのですが、私がこの活動に共感したのは「絵画やグラフィックデザインの領域においても、感性や技能の踏襲、熟練という手法に依存せず、さまざまな論理性や原理に基づく数理的な解析を用いた記述(プログラム)によって、人間の手だけでは創出できなかった視覚造形を実現することが試みられました。」という歴史解説。今観ている数々の作品には、それが面白いと感じられるものがありました。
ただし、カタログにもあった「芸術活動の主体はコンピュータである、我々の目指すコンピュータ・アートとはコンピュータを芸術創造の主体ととするコンピュータのアートであり、コンピュータが芸術するのであって、コンピュータを利用する人間芸術とはその理念を異とするものである。」という宣言にはう〜ん。なんだか、狂気すら感じてしまった。プログラムを書くのは人間なのでは?
プログラムを書いて、美しいと感じたり、つまらないと感じるのは、コンピュータではなく、人間なのだから。

多摩美術大学美術館 
「コンピュータ・アートの軌跡と展望〜現代アルゴリズム・アートの先駆者・現代作家の作品・思想・〜展」
http://www.tamabi.ac.jp/museum/exhibition/default.htm

なんて、ナンセンスな問いかけと応えを書き連ねてしまいました。つづく
by book-tokyo | 2006-12-27 23:30 | in art in science
それで?それから?
落胆の報告に続いて、パネリスト個人のコメントには色々おもうことがあり・・・。

理化学研究所、野依さんのコメントは、明快でした。
「科学は形式知。仮説の反証可能性や閉鎖的な表現方法から脱却して、明快で力強い表現を。芸術は暗黙知。とはいえ精神性や森羅万象の認識に際して科学の知識を排除しない。」
確かにそうだろうと思える。かつて欧米のアカデミーで芸術と科学が対立してきた歴史の上に立って、相互を尊重し知識の交換をしようという歩み寄りは、相互が耳を傾けなくては意味をなさない。
次世代に対しては、分化が進んだとはいえそれぞれの分野を横断し、全体を見渡せる学問や考え方が必要なのだろうと思う。

パネリストの中の、文芸座の演出家・鵜山 仁さんのコメントに共感。
「人生を行きやすくできないか、科学も、芸術も。」

最後に、黒川さんが中立的な立場から疑問を投げかけました。「子供のころに感じた感動をどう目に見える形にするのか?将来、マイクロチップに知性や知識は載せて頭に埋め込めるようになって、計算なんかすぐできるようになる。じゃあ感性はどう伝えられるのか?どうやってマイクロチップに埋め込めるのか?
次の世代にどういう世界を残したいのかにかかってくる。やはり人間の根元について考えなくてはならないのではないか。」
普段からものを造るとき、何かを生み出したいと考えるとき、同じように繰り返し「?」を投じてきた事に通じる提示だったと思います。
理化学研究所の仕事に関わって最先端の科学や技術、考え方に触れたことで、それはますます膨らんできています。鵜山さんのコメントと矛盾しないように・・・。

個々人の問題意識、言動からはすでに科学と技術、芸術の融合を計ろうとし、試みているように思える。もっと大きな視野を持って、はじめて問題意識は生まれるのではないかと考えさせられた8月30日から至る今日この頃なのでした。
by book-tokyo | 2006-09-18 19:09 | in art in science