ayako tsuboyaのブログ
by book-tokyo
engawa
2008年、とりとめなく続く毎日に、こどもの視線や息づかいが加わりました。
そこに在ることをどのように見出すかによって環境や認識、はたまた自分自身と生き物の在りようが変化する。その在りように、どう向かいあいましょう。
アート&デザインwithサイエンスの日々のメモ。

暖かい新聞紙の様なノートを縁側に敷きました。旅するみなさま、しばし腰を降ろしていってくださいまし。


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ひとつづつ確認してゆくこと
早いものでもうじき1歳になるすいれん。それにしても、ものすごい勢いでこの人間の世界というものを探索している。ほんとうに、別次元、別世界からやってきた宇宙人のように、ひとつひとつのモノ、コトを自分自身で確認して、学んでゆく様子は感動的ですらあります。例えば「堅さ、柔らかさ」。おでこを色々なところにぶつけ始めた頃は驚いてしまい、時々それを制止したものですが、最近は気の済むまでそっとしています。壁、机、ガラス、冷蔵庫、箪笥・・・・。ふと気になるのか「ゴンゴン」と頭を打ち付けるのです。痛いのではないかと心配になりますが、本人は少し微笑んで、楽しそうですらあるのが不思議です。10ヶ月検診の際にその奇行を問うたところ、怪我をしないよう注意してあげてください、とにべもないお返事。小学校にあがるまで続けるお子さんは「ほとんど」いません。とのこと。こんな風に「身を挺して」知ろうとするお仲間がいるらしいことを想像しました。
例えば「なめる、かじる」。ただの味見では済まない「なんでも口にいれる」行為は、ただならぬ状態でした。今でもその勢いはとどまりませんが、それこそ砂、紙や植物、石、小枝、机や椅子、手すりや窓枠まで、とにかく目に入る新しいものはほとんど唇、歯茎や舌で確認。あきらかに美味しくないだろうと思われる人工的な素材も迷いなくカジカジ。こうやってどんなデータを収集しているのでしょうか。そして面白いのは「落とす」行為。これもある時期の赤ちゃんに訪れる流行なのですが、手にもっているものを上から落とす。拾ってあげても落とす、とにかく繰り返す。瓶もハンカチも、スプーンもガラガラも、ペンのキャップですら何度でも繰り返します。高いところから落として音を聞いたあと、わざわざ椅子から身を乗り出し首をのばして落ちた先を確認する様子が面白いので、私も根気よく拾っては渡してずいぶん遊びました。重たいフライパンも缶詰も空き瓶もちゅうちょなく落とします。重さ、音、転がりかた...時々自分の足に落ちてべそをかきますが、同じことは滅多にしないので、全身を使って学んでいっているのだと感心します。(賢明な母はその前に止めるのかもしれませんが....)こんな風に恐れを知らずに感覚を開放できる宇宙人も、だんだんと地球人の中で身を守るために感覚を閉じてゆくのだと感じます。できるだけ長く、全身と全感覚を使って自分自身で世界を感じることができるよう守ってあげられたらと思うこのごろです。まだまだ旅は始まったばかり....。
落としたものを「乗せてみる」のもお気に入り。石けんは引き出しの中・・・ではなく?d0020310_073634.jpg
by book-tokyo | 2009-01-20 00:09 | カウントダウン
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