engawa
こどもの視線や息づかいが加わって12年目。
母として、ひとりのひととして、そこに在ることをいかに見出すかによって環境や認識が、自分自身とあなた・それとの在りようが変化する。その在りように、どう向かいあいましょう。
アート&デザインwithサイエンスの日々と活動をお知らせするメモ。

暖かい新聞紙の様なノートを縁側に敷きました。旅するみなさま、しばし腰を降ろしていってくださいまし。


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ピナ・バウシュ、を観た
紛失してしまった本、「ピナ・バウシュ タンツテアターとともに」、ピナがコレオグラファー・創作家・演出家をつとめるタンツテアター(舞踊劇団)・ヴッパタールと、創造の過程を綴った本に出会ったのは、数年前なので、今回来日20周年と知って驚いてしまった。「緑の大地」を観たのは2002年だったにも関わらず、鮮明に舞台を覚えている。毎年、チケットを躊躇してあとから後悔することを繰り返していたが、今回は迷わず予約。「カフェ・ミュラー」が上演予定だったから。良かったです!ピナ自身が舞台に立つ貴重な1本。
「わたしたちはもういちど本来の自分にかえり、それに近づかなくてはなりません」(ピナ・バウシュ)

「春の祭典」初演は1975年。実に30年前の作品。
土、柔らかい湿った土が敷き詰められて、女と男がその上で踊る。激しい動きに息遣いや漏れる声が三階の席まで聞こえてきた。スクエァに敷き詰められた土だけといういたってシンプルな舞台構成だけに、とても観念的な宴目だと予想していた。ところが、終演まじかには言葉にならない感動、どうしたらよいのか判らなくなってしまった。土の上で踊る身体たちは、人間も自然の一部なのだと思い知らされた。振りには、随所にとてもプリミティブな男女の様相を想像させるものがあり、土俗的であったり、細胞の振る舞いや分子や原子の動きに見えて、ダイレクトにことばを介さない私自身のなにものかが動かされた。 とはいえ、やはり判りやすいパフォーマンスとは言えない。舞踏家が身体に込めた様々な情感は舞台を押し潰しそうなくらいに圧倒的だった。 ことばを介さない舞踊、人間が持て余し気味の身体や堂々巡りの思考から自由になる瞬間を獲得できるのかもしれないと、改めて感じた夜。
by book-tokyo | 2006-04-16 17:21 | art&...
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