engawa
こどもの視線や息づかいが加わって12年目。
母として、ひとりのひととして、そこに在ることをいかに見出すかによって環境や認識が、自分自身とあなた・それとの在りようが変化する。その在りように、どう向かいあいましょう。
アート&デザインwithサイエンスの日々と活動をお知らせするメモ。

暖かい新聞紙の様なノートを縁側に敷きました。旅するみなさま、しばし腰を降ろしていってくださいまし。


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落葉積もる、時空の小径
短い冬休みも、もうすぐ終わり。
お休みといっても、かえってすることはたくさんで慌ただしいのですが、「散歩をする」自由時間はかけがいのないこと。現在の住まいに引っ越してまだ僅かですが、このあたりには歴史の小径があちこちにあって、バリエーションの豊かな散歩が愉しめます。昨日は、小径博士とひとやま超えたところへ脚を伸ばしました。博士が此処へ引っ越すきっかけとなったという小径には、私も思わず唸ってしまいました。くるぶしまで埋まるほどの枯れ葉が積もる、両手ほどの幅の小径が、もうひと山越えるほど続いていました。晩秋には、雨のように葉が降り続けただろうと、夢想しながら歩きました。って、ここは東京ですよ。頂から降り始めると、このあたりお決まりの機械音。山の間では造成工事や工場の音が鳴り響いています。喪ってゆくことを、リアルタイムに感じずにはいられないのが東京の里山なのかもしれません。記憶の再生装置である風景を喪い続けること、それが歳を重ねることだとしたら、悲しい。無駄なあがきとは知りながら、何かに置き換えてゆかなくてはと思うのです。
by book-tokyo | 2006-01-08 22:47 | 呟き
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