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ayako tsuboyaのブログ
by book-tokyo
engawa
2008年、とりとめなく続く毎日に、こどもの視線や息づかいが加わりました。
そこに在ることをどのように見出すかによって環境や認識、はたまた自分自身と生き物の在りようが変化する。その在りように、どう向かいあいましょう。
アート&デザインwithサイエンスの日々のメモ。

暖かい新聞紙の様なノートを縁側に敷きました。旅するみなさま、しばし腰を降ろしていってくださいまし。


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邯鄲のごとし夢のあと
久しぶりに、実に3年ぶりに能を観にゆきました。
ふといつも読み流しているMLから、ついオンライン予約をしてしまった。乳飲み子のいる身の上にも関わらず、快く行っておいでと言ってくれるパートナーと、バイバイとご機嫌よく見送ってくれるすいれんに感謝しつつ、舞台が暗転し、囃子方や地謡が現れた時には思考全身があちらの世界へ行ってしまいました。

世田谷パブリックシアターでの能も、野村萬斎主催の「能楽現在形・・」も、初めてでした。めでたく祝言の能「高砂」から始まり、能は「邯鄲」。
「高砂」は半能だったので、萬斎氏がひた面で登場するシーンはわずか、後半の「松の神の化身」の神舞がメインだったのですが、テンポも良くめでたい金糸づくしの装束が舞台に映る様が新鮮で、あっという間にお仕舞いになってしまいました。ただ、鏡板(古典的な能舞台のバックには松が描かれている)の替わりにつられた大きな幕が松風に揺れる演出などは、確かに具体的で判りやすいものでしたが少し目障りのように感じました。

そして私が好んで観たいと思う夢幻能の中でも、様々な手段で描かれてきた演劇性の高いと言われている「邯鄲」を、ようやく観ることが出来ました。「邯鄲」は中国の故事に由来した能で、人生に迷いを感じ故郷を旅立った青年が、休みを求めた宿でひと眠りをすすめられ渡されるのが「邯鄲の枕」。青年がその枕に頭した瞬間に舞台は・・帝の位に就き、50年があっという間に過ぎて菊水の盃で千年の命をさずかった、そして舞に興じる青年をみせる。賑やかにツレの舞、絶妙なリズムの囃子方がクライマックスに達した瞬間、宿の女に起こされた青年は、その栄華がひとときの夢であったことを悟り、静かに宿を去る。かつて友枝昭世シテの喜多流 『烏頭』を観た時に感激した「時間軸の変化を感じた一瞬」は、今回の舞台では演劇的な演出によって表現されてしまっていたけれど(扇で寝床を模したひな壇を2回たたく、吊り下がるランプが豪奢な4灯から簡素なものに入れ替わる)、ただ片山清シテが全身で表現した「華やぎ」から「茫然」への転換は素晴らしかった。
主人公である青年が「邯鄲の枕」を宿の女に返し、かすかにお辞儀のような仕草をみせてから去る結びからは、彼が先に進むのか、故郷に戻るのか、何を悟ったのかを明確にはしていません。劇場が明るくなってからまさに自分自身が舞台に置き去りになってしまう仕掛けだったのかもしれません。

そしてツレは女性が唄を舞、それが青年が見た夢をリアルなものに感じさせてくれたのが不思議でした。宿の女主人を萬斎さんが演じたからなおさら。今回はまた大鼓方の亀井広忠がとても良かった。
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夜は家族と合流、最近めぐりあった素敵なお友達一家のおうちでご馳走になりました。現実です(笑)
イラストレーターでアートディレクターのカヨさんは、お料理も上手。そしてなんと子供の時から仕舞をたしなんでいるとのことでびっくり。少し遠ざかっていたお話の世界が、また生き還ってきました。
by book-tokyo | 2010-01-16 23:38 | 呟き
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