ayako tsuboyaのブログ
by book-tokyo
engawa
2008年、とりとめなく続く毎日に、こどもの視線や息づかいが加わりました。
そこに在ることをどのように見出すかによって環境や認識、はたまた自分自身と生き物の在りようが変化する。その在りように、どう向かいあいましょう。
アート&デザインwithサイエンスの日々のメモ。

暖かい新聞紙の様なノートを縁側に敷きました。旅するみなさま、しばし腰を降ろしていってくださいまし。


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夜蕎麦と女性考
卒業生で、同僚でもあるまぁさんをお招きして、夜蕎麦(夜風に吹かれての手打ち蕎麦は、また格別に美味しかった〜)。ほろ酔いになる前に、しばし母校についてもじょもじょ(笑)
・・・スリングにいれて、時におんぶ紐で背負いながら、育児休業中も夜中まで仕事をしていた。いまも、朝から晩まで仕事について、帰宅すれば慌ただしく家事をしながらすいれんのはなしをきく日も多い。でも、すいれんが成長すればするほど、一緒に過ごせる時間を大切に、目をみて耳をかたむけることができるように努めるようになりました。すいれんが寝静まってからも仕事は、なかなか辛いけれど、それでも彼の瞳の動き、日々確かめるように一挙手一投足から世界を学んでゆく様子を見守りたい、助けたい。たぶん、1/12時間しか目覚めている彼を見ることができない日もあるほど、離れているからなのかもしれません。
女性の社会進出、女性の活躍・・・声高に、女性が家事や育児ではないパートでもっと活躍できるようにと、意識の改革、制度の見直しが進んでいるようにみえても、そこには、誤解を恐れずにいえば、育児こそ次世代を左右する社会事業でもあるという意識が、どこか欠けているように感じるのは何故だろう。
子は社会(天)からのお預かりもの、初めてすいれんのお顔をみた時教えられました。社会へ戻ってゆく子を迷わせないために、それまでに親(おとな)ができることは生きる力、日々の暮らしをしっかりと伝えることなのかなとこの頃思う。どんなに多忙であっても、そういう時間を大切にできる女性や男性が、ものごとの経済や政治にきちんと意見を言える立場に居ることを、気持ちよいとする感覚を忘れないでいたい。

いかに創造的であるかを日々学ぶべき美術大学生が、女性であるということは、それ自体あらゆる可能性を持っている。日々の暮らし、まだ幼い子を思う心も、常識から自由でいてほしいなぁ。ジェンダーから開放された、自由な芽を孕んだひとたちを、心からリスペクトしたいなぁと改めて思うほろ酔いの夜。

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by book-tokyo | 2014-06-22 02:44 | 呟き
運動会
水疱瘡あけ、登校許可書を携えて運動会に参加。
6年生の取り組み、チームリーダーたちのことばに感涙した素敵な運動会。
諦めず、参加できて良かった。

1歳で入園した保育園で、年長さんが遠く眩しくみえたように、いまは6年生が頼もしく、はるか遠い存在に思える。
6年間で、ここまで劇的な成長をみせる小学校って、すごい場所だったのだなぁ。今更驚いた一日でした。
入園式、入学式、この数年運動会も不在続きのパートナーに、少し申し訳ないと思えるほど、こどもたちの成長に学ばせてもらっている。

1組は赤(赤、ピンク)、2組は緑(緑、青)、6学年縦割りでチームキャラクター、応援歌、応援団もあって徹底した生徒主導の闘いぶり。先生も競技を見守りつつ、チームの一員として赤緑にわかれ、子どもたちと共に勝敗の涙をみせていた姿が印象に残りました。
男女共に髪を赤やピンク、緑や青に染め、女の子には趣向を凝らしてチームカラーの飾りをつけている子もちらほら。
観戦中のおとなたちの装いも、くっきりと赤系、青緑系にわかれ、声を枯らしてチームを応援していた。
騎馬戦は相手の馬を崩すまでの激しい闘い、タイヤ引、折り返しリレーは、高学年の作戦がものをいい、勝負が目に見える。
1周差がついていた5.6年生のグランプリレースは、最後のどんでん返しで優勝が決まった。ピンクを青が追い抜かすシーンではおとなもこどもも総立ちで声援。
ふと気づくと、完全な個人競技はなく、すべての種目はチームの勝敗に関わる全体の一部なので、我が子だけを追いかける雰囲気に勝る全体の盛り上がりだったのかもしれない。
競技に集中できないという生徒たちの要求で、BGMも実況中継も無し。応援と歓声の狭間に風に揺れる木々の音が聞こえました。

1年生は、まだまだのんびりしていて、マイペースぶりを発揮、5.6年生に手を引かれ、背中を押される姿が微笑ましかった。1.2年種目のタイヤ引で緑が負けたことに、ひとり号泣していたすいすいも最後は「負けたけれどチームは優勝!」と嬉しそう。
帰宅して、おめでとうと声を掛けると、凛々しいチームリーダーが最後の挨拶に言ったこと「赤チームがいたから、闘えた、優勝できた。やったぜ、ではなく、赤チームに感謝を忘れない」を、私に返した。

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by book-tokyo | 2014-06-01 05:04 | カウントダウン