ayako tsuboyaのブログ
by book-tokyo
engawa
2008年、とりとめなく続く毎日に、こどもの視線や息づかいが加わりました。
そこに在ることをどのように見出すかによって環境や認識、はたまた自分自身と生き物の在りようが変化する。その在りように、どう向かいあいましょう。
アート&デザインwithサイエンスの日々のメモ。

暖かい新聞紙の様なノートを縁側に敷きました。旅するみなさま、しばし腰を降ろしていってくださいまし。


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『思考の整理学』2:描かなくても忘れないこと
1.創作へのエネルギーはとかく代償行動で肩代わりされやすい。
2.縁の薄い人間どおし現実離れした話をすると、触媒作用による発見が期待される。
3.いい考えが得られたら、めったなことでは口にしてはいけない。
***
またまた登場した外山先生の『思考の整理学』。
学生の頃、ああそうだ、と思った印象は、今読んでも同じなのが面白い。
***
前後のフレーズ
1.詩人では食っていかれない。そのために仕事をしなければならないが、文学と縁のふかい職業は考えものだ。出版社に勤めるなら、編集より発送係の方がいい・・・ロバート・グレイブズという詩人は忠告しているそう。→その通りだと思う。
2.同業、同じ方面のことを専攻にしている人間同士が話し合うとどうしても話題は悪く専門的になる。話が小さくなりがちである・・・本当におもしろいことは飛び出さないものである。→ほんとうにそう感じる。
3.話してしまうと頭の内圧がさがる。溜飲をさげたような快感がある。するとそれをさらに考え続けようという意欲を失ってしまう。しゃべるというのが、すでにりっぱな表現活動である。あえて黙って、表現へ向かって内圧を高めなければならない。→やはりそう思う。
***
ただ、最終章の部類になる「第一次的現実」については、正直にいってほとんど読んだ記憶がないのは確か・・・。当時、同級生の思考の多くは「第二次的現実」に根をおろしていて、「生活をしながら・・・新しい世界をつくる」という発想は希薄だったと思う。
1986年に書かれた本の中にすでに今の学生が求められている「飛行機型人間」=「仕事しながら、普通の行動をしながら考えたことを、整理して、新しい世界をつくる。汗のにおいのする思考を、思いつきに終わらせないために、システム化を考える。真に創造的な思考が第一次的現実に根ざしたところから生まれうることを現代の人間はとくと肝に銘じる必要があるだろう」との予見がある。
***
最終章の『コンピューター』の中で、「これからの人間はどう変化してゆくであろうか。それを洞察するのは人間でなくてはできない。これこそまさに創造的思考である」と書かれている。コンピューターを知れば知るほど、それが見えてくるように思う。

ことばは、時間を越えて思考を伝える舟であり、短い限られた時間の中で、僅かにしか移動できないわたしたちの旅を豊かにしてくれる。
***
今夜の拾い読みおわり。
by book-tokyo | 2011-07-27 23:01 | 呟き
Art Bazaar_東日本大震災被災者支援
神保町のgallery 福果にて、7/26〜8/6
12:00〜19:00(最終日 17:00/日曜休廊)

gallery 福果 
http://www18.ocn.ne.jp/~fukka/exhibitions/next/index.html

**********
藤田夢香さんからの封書に同封されていたお知らせのはがき。
40名近い作家の作品が集まる展示だそう。
最近のアートイベントには、ゆうめいしょしばかりがならんでいて・・・。
でも、今日届いたはがきには、生き様を見知った作家の名前がちらほら・・・
むかし蛍光灯のともる工房で、黙々と(ときに他愛ないおしゃべりしながら)作品を作っていたひとたちのなまえが懐かしい。
そして嬉しい。
あぁ・・・ワタシハトオクハナレテシマッタ。
でも心はともに(勝手に)

ものづくりできるヒトができる義援金、どうか大切に活かされますように・・・
by book-tokyo | 2011-07-21 01:13 | art&...
藤田夢香展「花降る時間-在るということ」
藤田夢香 作品展
「花降る時間-在るということ」
会期:2011年7月26日(火)〜8月8日(月)
会場:ぞごう柏店 9階美術画廊 最終日は5時まで
午前10時〜午後8時

作家より
この展覧会の制作を進めてゆく上で3月11日という日を境に、誰もが感じたような「生かされている」という事を通じて、それぞれの「記憶」や「或る」という「存在」そのものへ、より深く想いが寄り添うようになりました。

人という存在の儚さ、それゆえの強さや哀しさ、そんなことへ目を向ける中で、女性という「器」を授かり存在している私自身の身体の中で、無意識に繰り返される「生と死」へも想いを馳せ「存在」とのものの不確かさや曖昧さの輪郭を捉えたいと、静かに湧いてきたイメージは、散華のように光や花びらが私たちの世界に降り注ぐものでした。

小さな瞳に焼き付いてしまった無残な光景さえも、少しのファンタジーでそっと心に沈めることができる。そうして、人の心はゆっくりと美しさに震え、ここに「在り」続けることができるものだろうと、花降る時を願ってやみません。 藤田夢香

http://justhere.exblog.jp/

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透き通った瞳で、何にも包まずに見えてしまうヒト(YUMEKA)の暗中模索は、ひとりの人間が生きてゆく姿をそのまま平面の上に留めてゆく。夢香さんの作品をみていると、一緒に呼吸しながら素直にそこに同期することができるように思う。

たいせつな、えがくこと=生きることを、やめられないひとたちのひとり・・・
by book-tokyo | 2011-07-21 00:58 | art&...
季節のこと・・・
大船渡で泥かきしてきたよ、というパートナーからの電話。無事に知人ご夫婦とも合うことが出来て、旅もそろそろ折り返し地点。良かった。

そんな三連休の間、わたしはじっくりと我が家のいきものたちの観察。
フレンドシップ酵母は実家からお嫁入りした、牛乳と小麦粉、砂糖で増やす酵母ですが、やや栄養のバランスがかけたのかあまり元気ではなく心配。少しだけ使ってパンケーキ。
南高梅と、青梅をつけたシロップは、朝晩やさしく揺らしてあげたかいがあったのか、見栄え良くありませんが、炭酸が元気よく、とても美味しい仕上がりに☆(発酵させたくない場合は、あまり揺すらない方が良いようです)夏を元気に乗り越えられそうです。
1年ぶりに、還ってきたクサガメ(まめぇ)は、この暑さの中、藻が浮く大きなトロブネの中で元気。毎朝夕ご飯をあげるたびに、顔をあげて挨拶してくれる。
朝から晩まで、家の中にたくさんの家事がある。いつもはパートナーと分担して、究極の手抜き家事ですが、ご飯を作って、仕込んだ季節の生き物と向き合って、家を清々しく保つことはやっぱり愉しいと思う。すいれんと一日中遊んで、とっぷり家事をして、ようやく身体が慣れてきた3日目、明日からまた仕事三昧へ戻ります。
ひとまわり年上の方から、私の「料理は愉しい」発言に、「えぇ?!本当にそう思っているの?珍しい」と言われたことがある。ウーマンリブ大活躍世代は、女性が家事から解放されたいと願い闘った世代。恐れ多くもたくさんの先輩方のお陰で、仕事もしたい、でも(手抜き)家事も、子育ても、なんて選択肢を選べるようになったのでしょう。謙虚に感謝する気持ちを忘れてはならないと感じています。
私は、少しでもすいれんへ母から受け継いだすてきな文化を伝えられたらと思うこの頃。なんて、まったく、まだまだこれからですが・・・季節のこと考。

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by book-tokyo | 2011-07-19 03:15 | 呟き
のれんにうでおし
遅めのことば、遅めの日本語。でもこの数ヶ月で、急にことばのやりとりも使いこなすようになってきたすいれん。産まれた時から、すでにおしゃべりだったように思うくらい、感情表現豊かなひとですが、実際に日本語が使えるようになってからは、おしゃべりだということが判明。
独り言、歌、ことば遊びをふくめ、一日中おしゃべりし続けている感があります(笑)
ひとりっこなので、半分は人間ではない誰かとやりとりしているのですが、そのあたりは両親にも身に覚え有り黙認。
最近感心するのは、怒られている時のおちゃらけかた。「は〜い」の生返事=「考えている最中なの」からはじまって、こちらが伝えようと熱が入れば入るほど、にやぁと笑って「あれ?お医者さまですか?」などとまったく関係ないセリフが飛び出し、「??」、仕舞いにはどうしてもこちらも笑ってしまう。
ほんとうに危険な時や、ルール違反をした時は、間髪入れずに真剣に伝えなくては、油断しているとこの天然に闇雲にされてしまうから、のんびりしていられません・・・
でも、そんなセンスは様々なところで発揮されていて、なんだかいつも癒やされています(いえ、ほんとうに・・・)
暑い日の外出帰り、橋のたもとに座って川を眺めながら我を忘れてぼんやりしていると、おでこにすいれんの熱いまなざしが・・・ふと目をあげるとそこには「バツ」を作って倒れそうになっている姿が。どうしてばつなの?と聞くと、○も出来るといって「まる〜」。
また、おててつないで駐車場までの道のりおしゃべりしながら歩きました。

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by book-tokyo | 2011-07-19 02:29 | カウントダウン
夜明け
夜明け・・・いつもの谷間に響き渡る鳥の声に混ざって、はじめて蝉の声。
おはよう。
短い夏のはじまりはじまり・・・
by book-tokyo | 2011-07-07 04:27 | 呟き