ayako tsuboyaのブログ
by book-tokyo
engawa
2008年、とりとめなく続く毎日に、こどもの視線や息づかいが加わりました。
そこに在ることをどのように見出すかによって環境や認識、はたまた自分自身と生き物の在りようが変化する。その在りように、どう向かいあいましょう。
アート&デザインwithサイエンスの日々のメモ。

暖かい新聞紙の様なノートを縁側に敷きました。旅するみなさま、しばし腰を降ろしていってくださいまし。


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2つの場所
先日は、太陽の出ている間は母校であり現勤務先の創立110周年記念式典に、日が暮れてから、ある意味で芸術を通じて生きることについて真剣に探究する場を提供してくれた私塾・美学校へ。昼夜まるで異なる時間を過ごしました。
母校は「「芸術による女性の自立」、「女性の社会的地位の向上」、「専門の技術家・美術教師の養成」を目指して、美術教育をおこなう学校として創立」され、時を経て改めて志しのある方々にその建学の精神が受け継がれている一方で、日本の現代芸術の表舞台に立つ人材育成という重い役目も担っているように思います。大きなホールで執り行われた式典は、舞台と客席は遠く向かい合い、より一層建学の精神を高めようという熱意を共有しあうのには少し広すぎるように感じた昼でした。ただ、時間が経ってなお過去から続く女性たちの数知れない人生や切り開いてきた道があるからこそ、私を含めた現代の女性が活き活きと自己表現をする(どんな方法でも)自由が保障されていることを忘れないように…と再確認。少年のように軽やかに舞台にあがった桃井かおりさん「美味いものを創れる人間を育てたいんじゃない、美味いということが判る人間を創りたい」というある教員のことばが心に残っている」というワンフレーズに、私も共感(現場にいると、これを実感している)。
さてさて、その足で駆けつけた美学校では、すでに狭い教場に大勢の老若男女がひしめき合っていてびっくり。長く学長を務められた今泉義彦先生がこの夏に亡くなり、3日は「今泉さんの日」にするという美学校からのお便りに集まった人々でした。たばことお酒(余談:以前よりたばこ率は減りました。税率があがったせい?)が好きだった今さんを慕って、こんなに大勢の人が集まり、芸術や未来過去現在、四方山話をしている様子に、心底ほっとしました。初めて神保町の美学校を訪ねて石油ストーブを囲みながら工房のみんなの話を聞いた日、この先生だと直感した石版画家・阿部先生との出会い、表現や生きることへ真剣に向き合う若い作家の卵や、淡々と作業をする作家たちと毎日を過ごした日々、そして夜になるとどこからかヘンテコなおとながやってきて、お酒を呑んだり、説教をしたり、面白い話をされたり…そんな風景が一歩扉を開けるとすぐに思い出される場所。美学校は、いつ帰っても知っているヒト、知らないヒトと何か会話が始まるほんとうの意味で私にとっての学びの場。
そういう意味では、同時にすべてのヒトが自立して、自分で未来を切り開いてゆかなくてはならない厳しい現場。親しい作家が、「最近は「美術大学」すら派閥というのか、出身アーティストをサポートしたり、プレゼンテーションを大学がしたりする傾向が強くなってきているように感じる。」と言い、美学校のように、ひとりで研鑽を積んできたアーティストがぽっと注目されたり、育ててゆこうという目を持った画廊が減っているのではないかというような話を聞きました。
徒党を組んで、誇りを持とう、強くなろうというコンセプトも、またこんな時代の中では必要な生きる術かもしれません。一方で、美学校のような場所でだからこそ、「誰も知らない」密かな次世代の眼が育つ可能性も孕んでいる。今なお真剣に語り合うおとなたちがたむろする工房の中で、そう感じた夜でした。もっともっと見る眼を育もう。
by book-tokyo | 2010-11-07 03:02 | art&...