ayako tsuboyaのブログ
by book-tokyo
engawa
2008年、とりとめなく続く毎日に、こどもの視線や息づかいが加わりました。
そこに在ることをどのように見出すかによって環境や認識、はたまた自分自身と生き物の在りようが変化する。その在りように、どう向かいあいましょう。
アート&デザインwithサイエンスの日々のメモ。

暖かい新聞紙の様なノートを縁側に敷きました。旅するみなさま、しばし腰を降ろしていってくださいまし。


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モリサワ・タイポグラフィ・スペース
9月22日まで開催の、「蘭花譜」展・ワークショップに参加しました。

モリサワ・テイポグラフィ・スペース
東京都新宿区下宮比町2-27モリサワビル1F
〜9月22日

木版画再摺「蘭花譜」
多色刷り印刷の源流がここに・・・
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平成15年に、もはや存在しないのではないかと言われていた「版木」が見つかった。
昭和21年、戦前に摺りあがっていた「欄花譜」を世に出したのは、加賀正太郎。みずから蘭を愛し栽培していた粋人は、欧米にすでに相当数の蘭花譜や蘭に関する文献があると知っていながら、莫大な費用を投じて日本式木版画で出版する意義を見いだす審美眼を持っていた。

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ワークショップでは、京都の竹笹堂という現代的な木版画による事業を成功させている主人の指導のもと、多色摺りの木版を体験しました。1時間足らずでしたが、相変わらず彫りや分色には夢中になってしまいました。

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と・・・ワークショップはそこそこ・・・にして。
とにかく、この木版画、ことばには表せないような存在感。見つかった版木を、現代の摺りにて再摺りしていますが、絶句+驚嘆でした。1種の蘭(花が数個、葉も数葉・・・)の絵が、多いものは20版ほどの摺りで表現されているそう。なにしろ1枚を刷り上げるのに、4ヶ月も要することもあるいらしい。
プロセス印刷、軽薄なオフセットや薄っぺらい木版画とは比較にならない、濃密な画面。紙をしっとりと覆う顔料の輝き、艶やかなグラデーション・・・。上品な色合いや精緻な紋様の表現・・・ため息をつかずにいられませんでした。今のところ、他の手段には変えられない表現だと思う。

現代一流の彫師、紙漉師、伝統木版画の職人たちの仕事を間近に見られるチャンスは、そうそうないと思います、おすすめです。他の版種と同じように、極端に仕事の注文が減って、もはや「保護・保存」をしなければ存続が難しい伝統技術になりつつあるそうです・・・・。

短小軽薄もそろそろ成熟してきても良いのではないでしょうか・・・。
(お金を持った)クライアントは、もう少し優雅で悠長なモノ・コトへの審美眼も磨いて欲しいなぁ・・・と切実に感じています。(少々泣き言)
by book-tokyo | 2005-09-18 23:14 | design&...
念波?電気?
思うということで起こる脳波が、身体を動かすことは知られてきていると思いますが、思う強さによって成功・不成功が左右されるらしい。つまり、右の中指を動かしたいと強く思っているつもりでも、親指が動いてしまったり・・・?ことばを発するために声帯を使って発音することも、「思うこと」がデジタル処理されれば、液晶画面にテキストとして表示される・・・遠い未来の話ではないとすると、体育の授業に念波(?)の訓練なんて項目が加わるかもれません。描くということ、入力を再出力すること、それを司る人間の仕組みを知りたいけれど、その前に20世紀、21世紀の人間の手法も記録しておきたいなんて思う。みなさんは、どんな方法で描いていますか。
by book-tokyo | 2005-09-16 22:31 | in art in science
描くこと、今昔
観たものを、そのものを描きたいと感じ、描いた画家たちと同じように、知ったこと、観察したものを描きたいとただ思う。思うのではなく、やもをえず描いてしまう。
好きだから、続いている、その感覚とも違う。同じ感覚を共有できるヒトの作品は、何故か判るような気持ちがしてしまう。可笑しいですね。

その描き方そのものを探索している。
これまで繰り返された歴史の中のひとと同じように。
油絵でも、銅版画でも、フレスコ画でもないかもしれない。変わってきていることは、見えるもの、こと、そのもの。そんなことは知っていらぁ、とうそぶかれても、現在進行形で変化していっている自分自身には関係ないことかもしれない。
判っているのでも、知っているのでもなく、感じているのでしょうか。
そのことをあえて言葉にしてみれば、てなことである。
光の色や質が変わっただけで、見えていたものが消え、見えなかったものが見える。目は光を受け入れる瞑っていても。
受け止めることができるかぎりの光線を感じていたいと思います。
by book-tokyo | 2005-09-15 00:30 | art&...
女性専用車
女性専用車
最近、深夜のこの車輌が気に入っている。
こんなに大勢の女の人がいるのに、
まるで異なる様相の人々に、男性が在るから女性なのだ、などと漠然と勝手に思う。
終電車間際なのに、勉強しているヒト、本読んでいる人が多い。
髪も肌の色も様々。
どこかに、性を解放されてほっとしている、いたわり合っている人間の状態を感じて、私もほっとしていることに気がつく。深読みか(笑)
by book-tokyo | 2005-09-14 00:20 | 呟き
直球か?魔法の玉か?
結婚しました。
平凡でありふれた生活に憧れつつも、そんなことは願ってもできないなぁ・・・と思いつつ、送ってみたいと夢想する、ごく平凡なカップル。
感覚的なセンスと勘が合うこと。
新しい生活の、限りなく無心に近い、器の深い闇に惹かれあう。
そこから、相乗効果が生まれると面白いと思う。
そんなふたりが、どこかに住んでいると想像するのは、楽しいことです。
これはきっかけに過ぎないと思いつつ、紆余曲折に一喜一憂が、ありふれていて変わらない物語り。
by book-tokyo | 2005-09-11 23:17 | 呟き
精興社を見学してきました
以前から、いつか見学してみたいと思っていた東青梅にある精興社という印刷工場に、ついに行ってきました。青梅のあたりでは、比較的開けた住宅やオフィスのある町並みを抜けて、自動車道から少し入ると、軒の低い工場が中庭を囲むように並んだ印刷所が現れました。今はもう使われていない活版印刷工場は、木造の2層つくりで、活気のあったころの面影が重なって、何故だか視線が注がれたまま、しばらく動くことができませんでした。

今回は、現役で、高度な技術力とプロの仕事が生きているオフセット印刷のプロセスをひととおり見ました。
一時期、集中して石版画の勉強をしたので、オフセット印刷というと少し軽薄な機械刷りのイメージがありましたが、やがてデジタル印刷やプリンター出力に移行してゆくだろうと予想すると、今きちんと見ておかないといけないぞ、という気持ちがありました。実際、デジタル製版にしても、オフセット機の扱いに関しても、「ヒトの手と目」が精度の高い印刷物を産み出すのには決定的な要素だと実感しました。

若い新入りの方のために、マニュアルを作ったり、点検項目を作成したりと、徹底した管理をされている様子が見られましたが、何よりも、機械の仕組みを熟知して、微妙な色味や濃さなどにも敏感である現場の熟練した目に感動しました。

詳細は、近々、book-tokyoサイトの中に「プリンティング」というページを作ってまとめたいと思っています。(なかなかできないのですが・・・)

心残りは、今は閉鎖されてしまっている活版印刷工場を見ることができなかったこと・・・。いつか、消えてしまう前にきっと脳裏に焼き付けに、再会できるチャンスを願って!
by book-tokyo | 2005-09-11 00:31 | design&...
単純な強さと、複雑な弱さ
壊れそうなほどに、繊細なもの、こと。
槌でたたいて潰れても美しい鋼のような強靱さ。
両極端の強さ、弱さ。
そして曖昧な領域。
境界線のない曖昧さ。
生命の重さと軽さ紙一重の状態を保ちつつ。

シンプルであることの強さと、複雑であることの弱さは、
建造物の構造や生命体の機能などにもいえるようですが、
論理性や思考様式などにも言えるのかしらん。
多くのヒトと関わっていて、ふと思いあぐんでしまいました。
どうなのでしょう。
by book-tokyo | 2005-09-10 22:10 | 呟き
涼しくなったので
約1ヶ月半の長い夏休みも終わりに近づいています。(といっても勤め先が夏休みになるだけで、私は年中夏休み?実は休みの方がてんてこまいしています。)そろそろPCの前に座ることの多い時間が戻ってきます。

そうこうしている間に、10月11日に開催予定のART&SCIENCE展の準備も佳境に入ってきました。理化学研究所の科学講演会同時開催というかたちで、arsnote Lab.(http://www.arsnote.com)も展示をする予定です。
ところで、ART&SCIENCEという組み合わせは、ARTサイドから、SCIENCEサイドから、それぞれのイメージが異なるようです。海外ではARSやScientificArtというと、テクノロジーアートのようなものをさすことも多いように思います。
私の印象では、Artサイドからは、前述したように科学技術や先端技術を取り込んだ創作活動いってみればテクノロジーアート、もしくは、それに感化・触発されて生まれる創造活動・・・といった解釈があり、Scienceサイドからは、科学の成果や発見のプロセスをより感覚的に・創作活動の技術を借りて伝えること・・・NHK特集のCGのような、テクニカルイラストレーションやアニメーションをイメージする・・・といった解釈があるよう。根拠のない印象でしかないのですが、あながち遠からずともいえる?
さて、今回神戸国際会議場で展示する予定のART&SCIENCE展は、これと同様の試みの第3弾ともいえますが、実際に科学者の視点にたって出された研究成果を元にしたものは初めてです。研究成果を間に研究者とコラボレーションをする。双方の想いや感動を新たな解釈を持って視覚化できたら面白いと願って。課題は大山積みですが、未知へのチャレンジには胸躍ります。
by book-tokyo | 2005-09-08 01:00 | in art in science