ayako tsuboyaのブログ
by book-tokyo
engawa
2008年、とりとめなく続く毎日に、こどもの視線や息づかいが加わりました。
そこに在ることをどのように見出すかによって環境や認識、はたまた自分自身と生き物の在りようが変化する。その在りように、どう向かいあいましょう。
アート&デザインwithサイエンスの日々のメモ。

暖かい新聞紙の様なノートを縁側に敷きました。旅するみなさま、しばし腰を降ろしていってくださいまし。


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書けるひと、書けないひと(ちょっとした羨望)
コンピューターアート展カタログ巻頭に書かれた「コンピュータ・アートの今日的展開」と題した久保田 晃弘氏のエッセイは、そういった過去のコンピュータ・アートの再定義をしていて面白い。長くなりますが引用しておきます。
「コンピュータの登場に引き続いて1960年代の初頭の誕生した、プログラム言語を主たる手段として芸術作品を生成する「コンピュータ・アート」も、今では「ソフトウェア・アート」と総称される、より広い創作領域によって再定義されるまでに成長した。ソフトウェアを芸術表現のために(独自の方法やスキルを必要とする)ユニークでダイナミックなメディアとして用いるソフトウェア・アートを、メディア芸術の世界で最初に定義したのは、2001年にベルリンで開催された、アートとデジタル文化のための「トランスメディアーレ」フェスティヴァルであった。
そこではソフトウェア・アートが以下のように定義されている。
「One definition suggested for Software Art is that it encompasses projects in which self-written algorithmic computer software - stand-alone programs or script-based applications - is not merely a functional tool but in itself an artistic creation.」

この定義の第一ポイントは「 self-written algorithmic computer software」という一節にある。「アルゴリズムを自分で書く」というその行為は、今回の展覧会における60年代のアルゴリズミック・アートのパイオニアたちのアプローチと直接的につながっている。さらに最後の「artistic creation」という宣言によって、ソフトウェアが(科学的にではなく)芸術的であることの意味を再検討する必要性を提示する。」

ここで、コンピュータ・アートの過去の定義(?)は、ソフトウェア・アートと総称されて広がり、「ソフトウェアを芸術表現のための(独自の方法やスキルを必要とする)ユニークでダイナミックなメディアとして用いる」と述べられている。多くのアルゴリズム(つまりプログラム)を自ら書けないアート系の、でもこの新しいメディアに興味津々の人にとっては、でも、やっぱり「アルゴリズムを自分で書く」のは基本だということにぶつかるんです(笑)

永原康史さんも講演会のなかで、まったく書けなかった学生が、たらりのらりと半年勉強して日常会話程度はできるようになりましたとおっしゃっていました。
助手をしていた頃に、授業で知った「LOGO」や、知り合いに教えてもらった「DBN(Design by Numbers)」、「Processing」などは、確かにささやかながらプログラムが動く喜びや愉しみに夢中になれる。
おいっちにさんし〜、頭の体操かもしれません。

最後に久保田さん文中孫引用
「科学はコンピュータで説明できるくらい私たちが良く理解していることであり、芸術はそれ以外のすべて」だと語る(米スタンフォード大学コンピュータプログラミング芸術名誉教授ドナルド・クヌース『コンピュータ科学者がめったに語らないこと』)

芸術と科学の境界も常に流動的であり続ける、私たちの意識も、流動的な境界と共に流動的なのだ。少々はじけました。
by book-tokyo | 2006-12-27 23:34 | in art in science
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