ayako tsuboyaのブログ
by book-tokyo
engawa
2008年、とりとめなく続く毎日に、こどもの視線や息づかいが加わりました。
そこに在ることをどのように見出すかによって環境や認識、はたまた自分自身と生き物の在りようが変化する。その在りように、どう向かいあいましょう。
アート&デザインwithサイエンスの日々のメモ。

暖かい新聞紙の様なノートを縁側に敷きました。旅するみなさま、しばし腰を降ろしていってくださいまし。


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engawa「きくこと・つなぐこと」のご案内
追いかけても、追いかけても、追いつけない想いのうつろいを言葉にしようとしても、二度と読み返すことはないでしょう。思春期のころにつけていた日記には、その時こころの内から聞こえた確かな声が、丁寧に書かれています。だから、いま読み返しても、いつの間にか13歳の、15歳の、18歳のわたしを追随できるのかもしれません。
いつの頃からでしょう。
向かい合うひとの感情よりも、その先のニーズに過敏に反応する人格が、自分自身の内なる声を封じ込めることを善しとするようになりました。心の中で天邪鬼を弄ぶことを、誰か愉しんでいたのでしょうか。
ひとつひとつの事象を、丁寧に、そのまま、素直に受け止めることを思い出した時、久しぶりに自分自身の内なる声に、耳を澄ましていることに気づきました。
2011年に西村佳哲さんの「インタビューの教室」に参加して以来、5年経っていました。
当時、友人がシェアしてくれたイベントの「「きく」ことを練習する」という一文に、まさにいま必要なことだと直感で申し込みました。「他者のことば」をそのまま「きく」こと、「他者の見ている風景」をそのまま「みる」ことはそう簡単ではありませんでした。ただ、そう在りたいと願った時にみえたものへの強い好奇心を覚えています。
2日間の濃密な時間の最後に、西村さんから伺ったのは「1年後になるけれど、非構成的エンカウンターグループもあるのでチェックしてね。」というシンプルな案内でした。都内の瀟洒な邸宅の窓からしっとりとした紅葉が見えたのが昨日のことのように思えます。
いつからか、どんな仕事でも、まずは「きく」スキルが大切だということに気づいていました。インハウスの仕事を辞め、教育現場に入ると一層にそれを強く感じました。デザインを学び志をたてようとする学生たちと、「話す」スキルを磨くと同時に「きく」ことを実践するサークルを主宰しながら、自分自身にこそ精緻な実践が必要だと実感していました。
橋本久仁彦さんが守り人(もりびと)を務められた、7日間に及ぶ「非構成的エンカウンターグループ」が初めての円座体験だったことが、偶然とは思えません。
3時間近い円座を朝から1日3回座りました。1週間におよぶ滞在中の、ほぼすべての回を覚えているのだから、私は確かにそこに居たのでしょう。
自他の声を待つこと。全力できくこと。そして待つこと。その体験から気づいた「きく」プロセスです。
最後の「待つこと」が、日常に実践することを大切にするNVC(非暴力コミュニケーション)やアクティブ・ホープといった、いま私が円座と同時に関心を持ち、学びつつあるコミュニケーション・ランゲージ、システムとは異なるように感じています。
私にとって、円座は非日常的な時間です。
内なる声は、音となって誰かに受け留められて、そうしてまた内から還ってくるように思います。
「待つことができる間(ま)」がある場のことを、「安全な場」と私はイメージしています。
そして、日常にそれほど多くはないからこそ、守り人がいて実現する安全な場を、より多くの方に体験してみてほしいと願っています。
他の声をきく、内の声をきく、そこに区別は必要ないことに気づいたのは、つい先月座った橋本さんの円座のあとでした。
今も、橋本久仁彦さんの佇まいに守られた安全な場で、五感を研ぎ澄まし、自他のことばをただきく不思議な時間を、私自身が待ち遠しいのかもしれません。
円座を企画するにはあまりにも経験の少ない私に、書いてみるといいよ、仲間がいるよと励ましてくださった橋本さんの澄んだ眼差しが忘れられません。そして東京でそれぞれの研鑽をつむ稀有な友たちとのご縁をいただいて、ご案内に至りました。すべてが必然かもしれないのですが、この奇跡に感謝します。
12月1日に地元で円座をひらきます。
縁側に腰をかけて、静かに庭を眺めるような気持ちで、心軽やかにどうぞお出かけください。
お待ちしております。
詳細はイベントページをご覧ください*

ご案内の詳細:Facebookページ
https://www.facebook.com/events/1259055627450374/
by book-tokyo | 2016-11-22 04:42 | study works
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